いろいろなところでしゃべりまくってるわりには、ちゃんと書いたことはないような気がするのでこの機会に書いておきますが、今のハリウッドの男優で私が「この人が出てる映画は絶対見る!」というのは、
トム・クルーズとホアキン・フェニックスなんですね。もうかなり以前から。
トム様は、今どきあくまで「銀幕のスター」でありつづけようとする反時代的なプロフェッショナリズムがひたすら眩しいし、無駄な動きのなさ、世界一画になる全力疾走、いついかなる場合もピンと伸びて絶対にブレない上体等々、非の打ちどころがないと思っています。スクリーンのなかでこれだけ完璧なんだから、カウチでピョンピョンするくらいなんだといいたい。ニカッと口角を持ち上げたあの笑顔で全部許せ。むしろ、みんなしてトム様とともにピョンピョンしようではないか(入信はキツイが、それくらいならつきあう)。
で、そのトム様の"jump the couch"なふるまいに勝るとも劣らないほど最近のアメリカでコケにされまくったのが、突然俳優を辞めてラッパーに転身するといいだしたホアキン・フェニックスだったわけです……。
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われわれの世代だと、リヴァー・フェニックスというのは好き嫌いに関係なく、やはり忘れがたい存在ではあって、それこそ『スタンド・バイ・ミー』をテレビでやった次の日は学校たいへんとか、リヴァーリヴァーいいすぎる女子に男子うんざりとか、そういうレベルの話ではありますが、まあ、急に死んじゃって、しかもあんな死に方で、普通にショックを受けるくらいには私も親近感を抱いていたようです。
だから、リヴァー・フェニックスには妹や弟がいて、同じように役者をしているらしいという話は早くから聞いたことがあったような気がするのですけど、ガス・ヴァン・サントの『誘う女』(1995)に出ていたバカ高校生役を「こいつ、いいんでないの?」と思ったときには、それがリヴァーの弟だとはちゃんと認識していなかったと思います。今振り返ると、そうか、この作品が「ホアキン・フェニックス」の名で出た最初の映画だったのか(というか、彼を誘惑するヒロインのお天気お姉さんはニコール・キッドマン。いうまでもなく、当時のトム・クルーズ夫人ですね……)。
その後も『Uターン』(1997)の「TNT」(必見!)とか『8mm』(1998)とか、エキセントリックな役で強い印象を残したホアキンではありますが、なんといっても決定的だったのはジェイムズ・グレイの『裏切り者』(2000)でした。グレイだ、あのグレイがついに新作を撮ったぞ!と、当時全力で周囲を煽って孤独に騒ぎまくった記憶がありますけど、50年代のアメリカ映画に出演していても何の不思議もないようなホアキンのヴァルネラブルな、陰翳の深い佇まいにはすっかり魅了されました。そういうわけで、ホアキンの出世作が同年の『グラディエーター』であるなどという世迷い言を、私はいっさい認めませんのであしからず。
ただでも、グレイ以外はどうも作品に恵まれていないという印象が当時から否めませんでしたね。追いつめられて身を隠したモーテルの一室でどんどん精神を荒廃させていき、空いた酒瓶を壁に向かって投げつけるような役をやらせるべきだと友人知人に訴えまくったものの、残念ながら友人知人にハリウッドのプロデューサーはいなかったので状況は改善されないまま数年が経過し、やっとこさ溜飲を下げたのがジェイムズ・マンゴールドの『ウォーク・ザ・ライン 君につづく道』(2005)だったわけです。最後、ボロボロになって死んじゃえばもっとよかったと思うんですけど、ジョニー・キャッシュの伝記映画だからそうもいかず、でもちゃんとホアキンは壁に酒瓶を投げつけていたので、「マンゴールド、ありがとう!」と聖林の方角に向かってまんまんちゃん、あん、と手を合わせたもんです。ちなみに、このジョニー・キャッシュ役って、少年時代に最愛の兄を失って、しかも兄の代わりに自分が死ぬべきじゃなかったかと苦悩しつづける人物なのであって、それをホアキンにやらせるかと、マンゴールドへの注目度もグンとアップしたのでした(そんなこともあったからこそ、その後のマンゴールドにはこんなはずじゃなかったという思いを禁じえないわけですよ、私は)。
そうでなくてもホアキンは、アルコール依存症と伝えられたり、車が横転するほどの衝突事故を起こしたり(しかも、そのときホアキンを救助したのが近所にお住まいのヴェルナー・ヘルツォークさんだったという)、なんかハラハラさせられる人なわけで、だからラッパー転身とかいいだしたときもさもありなんと、多くの人が振り回される結果になっちゃったのですが、今ではすっかりあきらかにされたように、すべては義弟でもあるケイシー・アフレックの初監督作
『容疑者、ホアキン・フェニックス』(原題は
I'm Still Here)のための芝居、壮大なドッキリだったということです。
そう聞くと、大笑いのバカ映画かと期待して見ちゃうのが人情でしょうけど、はっきりいってそういう映画では全然ありません。というか、これファン減るぞ絶対(笑)。どんどん太って体の線は崩れ、髪も髭もボーボーで、「ボク、人を見る目ありません」といわんばかりのしょーもない取り巻きに囲まれ、クスリやって女買ってゲロ吐いて、愛想尽かしに顔面にとんでもないものまで引っかけられて、世間の嘲笑を買いながら、挙げ句に「なんで辞めるなんていっちまったんだろ、俺?」と頭を抱えるダメ男の笑えない末路が延々続くという、まさに誰得。というか、よく考えたらボロボロになって破滅していくホアキンを見たいという私の願いは叶えられたわけですが、私が見たかったのってこれなの?と複雑きわまりない気分です……。「引退」前の最後の出演作がグレイの『トゥー・ラバーズ』(2008)だったこともこの映画でわかり、つまり後々までネタにされることになったデイヴィッド・レターマンの番組での奇行も『トゥー・ラバーズ』のプロモーション時のものだったわけで、なんだかなあ。
そんなことして遊んでいたせいかどうかは知りませんが、イーストウッド先生の『J・エドガー』のオファー(アーミー・ハマーがやったクライド役)も断っちゃったホアキンの「復帰」第1作はポール・トーマス・アンダーソンの
The Masterで、これがどうやらサイエントロジーをモデルにした新興宗教の話のようなのですよ……(『ニューヨーク・タイムズ』の
この記事とか参照)。
なに、この現代アメリカ2大男優の因縁……。